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by l4po3kiq2p

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 都の街づくり担当者が「近年これほど大規模に変わった街はないのでは」と話すのが、江東区豊洲地区だ。かつてはIHIの造船所などの工場街だったが平成14年の造船所移転後は、マンションやオフィスビル、大型商業施設などに生まれ変わった。ここで生まれ育った人たちは近くで潮干狩りもできたという海辺の街ならではの良さを次世代に伝え、自然や水と親しめる街づくりを目指している。(高橋裕子) 

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 「緑が多く住みやすい。人付き合いも増えました」と話すのは、一昨年春に都内から豊洲のマンションに引っ越してきた会社経営、有吉徳洋さん(41)。有吉さんは「イヌを飼うのにいい」と、転居を決めた。有吉さんが愛犬を散歩させていたのが、大型商業施設「アーバンドックららぽーと豊洲」の一角。かつての造船所があった場所で、現在は水上バスが発着。公園のようになっている。休日は愛犬の散歩をする人や買い物客らでにぎわう。

 豊洲は大正後期〜昭和時代につくられた運河に囲まれた埋め立て地だ。1〜5丁目と、6丁目や築地市場(中央区)の移転予定地がある地続きの2つの“島”で構成され、今も街中で工事の槌音(つちおと)が響く。豊洲全体の人口は21年1月1日現在で約2万人で、13年の約2・6倍になった。都は11年後に1〜3丁目だけで人口約2万2千人、就業人口約3万3千人を見込む。

 「とにかく子供が増えた。作夏の盆踊りは2千人以上の人が会場の小学校からあふれるほどだった」。住民や企業計約3300世帯が加盟する豊洲最大の自治会組織「豊洲町会」の会長、小安勤さん(62)は話す。町会は会員の約3分の2がマンションに移り住んだ新住民だが、町会行事には積極的で「御神輿(おみこし)を担ぎたいという人も増え、祭り半纏(はんてん)が足りなくなった」と小安さん。

 小安さんは太平洋戦争後の少年時代、造船所近くに住み一帯が遊び場だった。東京メトロ有楽町線豊洲駅前のロータリーには当時、防空壕(ごう)跡があり、「秘密基地にしていた」とにやり。周囲は草原でオニヤンマやアゲハが飛んでいた。

 少し離れた東京臨海高速鉄道りんかい線東雲駅周辺は海で、アサリやハマグリを捕った。小安さんは「昔のように水や自然にふれあえる街になればいい。水辺が身近になれば、もっときれいになる。虫や鳥も戻ってくる」と街の未来像を語る。

 都は昨年7月、豊洲地区を「運河ルネサンス推進地区」に指定。地域と行政が協力して運河周辺を人の集まるにぎやかな空間にすることを目指す。都が進める豊洲運河沿いの護岸整備では、地元の意見も反映し、カニなどの生物がすみやすい石積みを設置。江東区も子供の環境教育などに役立てる新たな桟橋を建設中だ。いずれも今年度中に完成予定で、地元とともにお披露目イベントの開催も計画されている。

 小安さんは2年ほど前から地元小学校で、かつての街の姿や自然について子供たちに語りかけている。「子供たちにもいい思い出をつくってあげたい」。小安さんの思い描く街は、着々とその姿を整えている。

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by l4po3kiq2p | 2010-01-08 20:09